ALSの基礎知識〜病気と上手につき合うために〜」

富山大学付属病院神経内科 診療教授

高嶋修太郎

はじめに

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因は未だ解明されていませんが、ALSは神経疾患であり、現在、最も盛んに研究が行われている分野の一つであることは間違いありません。我々神経内科医は臨床の場でALSの患者さんと関わっていますが、大学や研究所で基礎医学の研究を行っているほとんどの先生方は、ニューロサイエンス(神経科学)の研究をしています。したがって、神経内科領域は、今後ますます発展進歩して、ALSの原因も早晩解明されると確信しています。

脳の仕組み

         図1:脳の機能分化

人間の脳という機関は非常に高度であり、機能分化(図1)が進んでいます。運動中枢、感覚中枢、運動性言語中枢(話すことの中枢)、感覚性言語中枢(言語理解の中枢)、視覚中枢など、皆さんもよくご存じの中枢がありますが、脳の機能はこの他にもたくさんあります。沢山ありますが、それぞれが非常に大事で、一つひとつの部位が一つの臓器みたいなものだと考えて下さって構いません。構造的には脳全体はどこも同じように見えますが、脳のそれぞれの部位は、全く違った機能を担っています。このように機能分化した脳が障害を受けると、人間の機能として、考える、話す、見る、聞くといった様々な日常動作が障害され、日常生活は困難になります。ですから、脳は人間にとって最も大切な機関です。

図2:運動の仕組み

ALSは運動障害を主訴とする疾患ですので、まず、運動の仕組み(図2)を最初に説明します。大脳皮質運動野にある一つの神経細胞(この細胞を上位運動ニューロンと呼びます)から、軸索という線維が伸びていて(この経路を錐体路と呼びます)、脊髄にある前角細胞(この細胞を下位運動ニューロンと呼びます)に刺激が伝達されます。次に、前角細胞から軸索が伸びて(この経路が運動神経です)、神経筋接合部という部位を介して、最終的に筋肉に刺激が伝わり、筋肉が収縮します。このような仕組みにより、人は体を随意的に動かすことが出来ます。私が手を動かす際には、頭のてっぺんにある大脳皮質の手を支配する神経細胞が最初に興奮します。前述の経路を介して、大脳皮質の興奮が筋肉まで伝わり、最終的に筋肉が収縮して手が動くことになります。しかし、単に動かすだけならそれで良い訳ですが、目的のある動きをスムーズにするためには、さらに錐体外路系や小脳系が働いて、運動を調節しています。以上のようなシステムで、人の運動がスムーズに行われています。

随意運動障害と不随意運動

運動障害の中で、我々が随意的に動けない、すなわち自分の意思で動くことが出来ないことを、随意運動障害といいます。一方、運動障害の中でも自分の意思に関係なく勝手に体が動いてしまうことを、不随意運動といいます。このように運動障害を大きく分類すると、随意運動障害と不随意運動の2つに分けられます。運動障害の頻度では自分で上手く動かせないという随意運動の障害が大半です。脳卒中による片麻痺など、身体の半分が動かせなくなるというのも、随意運動障害の代表的な症状です。ALSも随意運動障害が問題になります。

神経変性疾患とは

図3:神経変性疾患とは

ALSは随意運動障害が問題になるわけですが、他の多くの神経難病と同様に変性疾患(図3)であることが特徴です。脳卒中では、血管が破れたり血液の流れが遮断されたりして、脳の機能障害が起こるわけですが、なぜ、神経細胞の変性が発症するか、はっきりとした原因はまだ判っていません。神経変性疾患とは、ある系統の神経細胞群が徐々に変性していく疾患です。原因はわからないのですが、細胞が少しずつ老化していくような感じです。ある細胞だけが極端に速いスピードで老化していくとイメージしていただければ良いと思います。そうすると、その神経細胞群が司っている機能に支障が出てくることになります。

変性疾患には、遺伝的に発症する病気と、遺伝しない孤発性の病気があります。孤発性の病気というのは原因がなかなかわかりません。どこが悪くてそういう症状が出るのかという発症機序が非常にわかりにくい訳です。ところが遺伝性の病気であれば、遺伝子のどこに異常があって病気が起きるかということがわかります。遺伝子解析の技術は現在かなり進歩しています。遺伝子がどんな役割をしているのかというと、蛋白を作るための情報を記録した一種の設計図です。遺伝子の何処に異常があるかということが判れば、どんな蛋白が作れないか、あるいはどんな異常な蛋白が作られているのかが判り、原因究明の手がかりになります。変性疾患の多くは遺伝性ではないのですが、類似の症状を示す遺伝性疾患が見つかり、遺伝子の異常から疾患の病態解明を進めることが可能になります。ALSに関しても大半は孤発性ですが、遺伝性のALSを通して、病態解明の研究が進められています。

神経変性疾患の分類

図4:神経変性疾患の分類

神経変性疾患(図4)の中で一番多いのが認知症です。昔は痴呆という言葉を使いましたが、今は認知症と呼んでいます。アルツハイマー型認知症が一番頻度の多い疾患です。その次がパーキンソン病(PD)です。その次に多いのが脊髄小脳変性症という病気です。そして、ここで説明しているALS、つまり運動神経細胞(運動ニューロンとも云ってますが)の変性疾患が次に頻度が多く、この4つの疾患が神経変性疾患の大半を占めています。

図5:神経難病の種類

神経難病には図5に示すように様々な疾患があります。本当にたくさんあります。この中で遺伝性疾患もありますが、多くのものは遺伝性ではありません。ここで説明しているALSも厚生労働省が難病と指定しています。図6は富山県における平成16年の特定疾患受給者交付者のデータですが、この表は富山県における神経難病の頻度を表しています。アルツハイマー型認知症は頻度が多すぎるので、難病には指定されていません。PD674人で、ALS75人登録されています。これくらいの頻度で難病の患者さんがいます。全部合わせて1700名ですから、多くの方が様々な難病で苦しんでいるというのが現状です。

図6:富山県における神経難病の頻度

ALSとは

皆さんは良くご存知だとは思いますが、病気のことを少し説明します。皆さん一番困っていらっしゃるのが、手足の力が入らないということです。手の筋肉が痩せて萎縮してくる、これが一番多い症状です。手を思いっきり伸ばすことができなくなる、というのが困ります。足の力が低下すると歩行困難になります。その次に困るのが、舌とか咽頭筋(つまり、飲み込むための筋肉)が萎縮することです。そういう状態で何が困るかというと、呂律が回らないという構音障害や、あるいは飲み込めないという嚥下障害などの症状が発現します。そして、食生活が困るようになります。医学的に説明すると、両側の下部脳幹が障害されると、構音障害や嚥下障害の症状が発現します。このような症状を球麻痺症状(図7)といいます。

     図7:球麻痺症状とは

まとめてみますと、ALSとは(図8)筋肉がやせるという筋萎縮の症状があり、そのために筋力が低下する病気です。今、筋肉がやせる・筋力が低下するという症状であると説明しましたが、ALSは筋肉の病気ではありません。筋肉を支配している運動神経細胞が変性し、その結果筋肉がやせてくるという病気なのです。根本的には神経細胞の変性疾患であるということです。症状は筋肉の症状ですが、実際に病気が起きている場所は運動神経だということを十分理解しておいて下さい。

図8:ALSとは

話がもどりますが、図9は大脳皮質にある上位運動ニューロンから脊髄前角細胞までを示しています。大脳皮質の一つの神経細胞から1本の軸索が脊髄前角細胞まで伸びているわけです。神経細胞の1本の軸索がこれだけ長いわけです。下位運動ニューロンである前角細胞からは、運動神経が筋肉まで伸びています。大脳皮質から筋肉まで、これだけ長い距離でありながら、2つの神経細胞のみが関与しています。大脳皮質から脊髄の前角細胞までの上位運動ニューロン、脊髄の前角細胞から筋肉までの下位運動ニューロンの2つの経路が障害されるのが、ALSという病気であり、運動ニューロン疾患に含まれます。

図9:随意運動の経路

運動ニューロン疾患(図10)を筋萎縮性側索硬化症(広義)と呼ぶこともありますが、運動ニューロン疾患にはいくつかの種類があります。ALS(狭義)はその中で代表的な疾患ですが、球麻痺症状が出ない疾患もあります。脊髄性進行性筋萎縮症(SPMA)と呼ばれるものです。逆に球麻痺症状が前景になる球脊髄性筋萎縮症という遺伝性の疾患もあります。ALSによく似た疾患もいくつかあり、これらは全く同じ病気ではありません。紙面の都合上、詳細はここでは省略します。

図10:運動ニューロン疾患の種類

狭義のALS

図11:筋萎縮性側索硬化症(狭義のALS)とは

運動ニューロン疾患の中で狭義のALSについて説明します。ALSは上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方が系統的に変性する疾患として定義されます。50歳前後で発症することが多く、飲み込みにくいという嚥下障害の症状も困りますが、呼吸がしにくくなるという呼吸不全が生命予後に関連して非常に困る症状です。どれくらいの患者さんがいるかというと、大体100万人に50人、全国に7000名います。男性の方が若干多いようですが、明かな男女差はありません。ただ先ほども述べたように、変性疾患に分類されていて、病気の原因は未だ判明していない現状です。しかし、常染色体優性遺伝を呈する遺伝性のALSがあり、その疾患の病態に関して研究が進んでいます。研究により、SOD1という遺伝子に異常がみつかり、この遺伝子の異常から病気が起きているということが判ってきました。現在、SOD1の遺伝子異常と病因との関連の研究が進められ、運動神経細胞が変性しないようにするための根本的な治療法の解明と確立に向けて研究が行われています。

ALSの陰性徴候

ALSは、筋肉が痩せて、筋肉が動かない病気だと説明しましたが、基本的な症状はそれに尽きます。他の症状はほとんどありません。認知症状はなく、頭脳はしっかりしています。排尿障害もありません。褥創(床ずれ)もできにくいです。脳卒中の患者さんとか、脊髄損傷の患者さんでは寝たきりになった時に床ずれが起きやすいですが、ALSの方は自律神経が良く保たれています。したがって、血液の流れ、つまり末梢循環が良好であり、床ずれも起きにくいのです。逆に、手足を動かしにくいにも拘わらず、感覚に障害がないので、手足や関節の痛みを鋭敏に感じることになります。認知症がないために、病気のことをしっかり理解しています。感覚もはっきり感じているわけです。他の症状がないというのは、良いといえば良いのですが、却って認識できることが、精神的に辛くなることもあります。ALSの陰性徴候(図12)、つまり、筋萎縮・筋力低下の他には症状がないということを知っておくことは重要なことです。

図12:ALSの陰性徴候

図13:ALSの概略

 ここでALSという疾患の概略を図13に提示します。何度も繰り返しになりますが、ALSの原因は未だ不明ですが、現在も研究は進んでいます。一番困るのは、呼吸不全や肺炎などの呼吸器症状です。ALSの概念は以下の通りです。@筋肉の症状ですが、実際は神経の病気です。つまり、A大脳から脊髄まで伸びている上位運動ニューロンと、脊髄から筋肉へつながる下位運動ニューロンの2つの神経が障害されて発現する病気です。

QOLの改善

図14:治療と介護の目標

図15:QOLの改善に可能なこと

残念ながら現状ではALSは完治できないわけですが、患者さんやご家族の方にとって実際に望まれることは、QOL(生活の質)を改善することだと思います(図14)。出来る限り良い状態を維持するということです。皆さんはそれぞれの人生を歩んで来た訳ですので、今後の人生の中でどれだけ生活の質を上げられるか、良いものにしていけるか、ということが大切であると思います。QOLの改善には(図15)医療的なことは勿論必要ですが、精神的な面も大切であり、実際、ALS協会という患者さんの会に参加されて精神的な支援を得て、苦労をねぎらい合うことも重要なことだと思います。福祉面も必要です。サンシップのような施設(福祉会館等)や、リハビリテーション施設なども重要です。また、財政的な面で逼迫しては困りますから、いろいろな経済的な支援が行政の施策として必要です。これらの点に関しては県の健康課や保健センター、福祉カレッジなど、いろいろなところで相談にのって頂けます。

医療面で大切なこと

図16:QOL改善のために(医療面)

QOLの改善のために、まず、医療面のことについて説明します(図16)。最近、後期高齢者医療制度が問題になっていますが、実際、75歳以上で線引きをする根拠はないので、この制度には問題があるとは思います。ただし、年齢に関係なく全ての人が主治医を持っている方が良いと思います。主治医を決めることを奨めている後期高齢者医療制度を頭から否定するのも行き過ぎです。神経難病に限ったことではありませんが、すべての病気の人に主治医がいる方が良いのは当然のことです。医学的な分野は確かに細分化されました。私の専門は神経内科ですので、他の診療科のことについてはやはり少し疎いです。これだけ医療技術が多様化しますと一人の医師が全ての診療を行うのは実際に無理な話です。一人の人間が全てを知るのは不可能な訳です。しかしながら、患者さんに幾つかの病気があっても、患者さん自身は一人の人間です。ですから、患者さんの一つひとつの疾患や臓器の状態ではなく、からだ全体の状態を診る医師(つまり、主治医)がいないと困るわけです。患者さんの飲んでいる薬もすべて判っていないと、問題が生じる可能性があります。厚労省の人は賢いですね、患者さんがいろいろな医療機関を受診しても、薬は一つの薬局で一元的に管理してもらえば問題が解決されるだろうと考えました。医薬分業にした最大のメリットはそこにあるわけです。血圧を下げる薬と逆に上げる薬と、相反する2種類の薬が一人の患者さんに投与されないように、上手く管理できるようになりました。同じように、主治医を決めて、からだ全体の状態を診てもらい、必要に応じて他の専門医を紹介してもらうことが賢いやり方であると思います。

医療面でもう一つ大事なのは、一度は神経内科専門医の診察を受けることです。ALSのような神経難病は診断が難しいので、一度は専門医の診察を受けるべきです。診断を確実にし、疾患に対する説明をきちんと受けて、病気を理解することが必要です。我々医師がALSと診断して患者さんにそれを説明する流れですが、神経内科専門医が外来で患者さんを最初に診た際にALSであることは大抵判断できます。なぜなら、患者さんにALSの特徴的な症状があるからです。しかし、万が一ということがありますから、入院して頂き、より詳しく診察と検査を行い、病状を確認して、医師一人ではなくて他の医師やスタッフと十分検討を加えて、確実に診断するという方法をとります。そして、患者さんの精神状態や家族背景を考慮し、時期を見て患者さんに病気について説明します。ですから、神経難病のような特殊な病気の場合、一度は専門医を受診することをお勧めします。

他の医師に診てもらう際ですが、ドクターショッピングといいますか、次はあっち、今度はこっちの医者を自分の判断で受診する・・・という形をとるのではなくて、最初に診てもらった先生から紹介してもらってセカンドオピニオンという形で他の医師の診察を受けるのが良いと思います。私も、患者さんの希望があればいつでもセカンドオピニオンで他の専門医へ紹介します。

診断を受ける前でしょうか、良かれと思って間違った判断をしてしまう患者さんがいます。ALSの患者さんが筋力低下を自覚して、自分の判断で筋力を回復しようと無理矢理リハビリをされることが時々あります。そのようなリハビリは、返って患者さんに不利益を与えます。過度のリハビリは、過労になり、筋肉の負担になってしまい、ますます筋肉が痩せてしまうということに繋がるので、病状を自分勝手に判断しないことが大切です。

QOLの改善のためには

図17:QOL改善のためのポイント


図18:リハビリテーションのポイント

QOL改善のためには(図17)、疾患の理解、リハビリテーション、環境の整備など、重要なことが沢山ありますが、やはり日常生活において出来る限り自分自身で自立して行うことが基本的に重要です。日常生活動作を繰り返すことは(図18)、リハビリ的な意味合いがあります。頑張ってリハビリをするというのではなく、日常動作の中で、自分が困っていること、自分がしたいことを整理することが大切です。自分ができないこと、不得意なことに関して、じゃあどう工夫すれば良いのか、ここに手すりがあればとか、この距離がもっと狭い方が良いとか、椅子は少し高めが良いとか、それぞれの環境に即した工夫(図19)をしていただきたいと思います。

図19:QOL改善のために(環境整備)

介護のあり方

その次に、介護する人のあり方を説明します(図20)。患者さんごとに病状が違うので、困っている点もそれぞれ違います。患者さんが日常生活の中で困っていることを確認するために、まずは患者さんの動作をよく観察することが大切です。患者さんが困っていることが、一番のポイントになります。困っているところを中心的に介護してあげることです。介護者が勝手に介助するのではなく、患者さんが困っていることに対して介助をしてあげてください。もう一点大事なポイントをお話しします。確かに困っていることを代わりにやってあげるのは良いことですが、患者さんが自分で何もしない、何も考えなくなってしまうことは、患者さん自身にとっても苦痛だと思います。ですから、介助をするにしても患者さんの自立性を損なわないようにすることが、大切なポイントです。そして、介護者も、患者さんの病気ことをよく理解することが必要です。

図20:介護のあり方

ALSの診断について

ちょっと細かい内容になりますが…、先ほども触れたALSの診断について説明します。皆さんはもう既に診断を受けた方々とは思うのですが、ALSによく似た疾患は案外たくさんあります(図21)。首(頸椎)の病気でも良く似た症状が出ることがあります。早期に診断して手術すれば治る場合もあります。そういう可能性がありますから、やはり専門医に診てもらい正しい診断を受けることが大切です。先ほども説明したように、セカンドオピニオンが必要なことはありますが、ドクターショッピングはダメです。ドクターショッピングは本当に無駄なだけです。患者さんに悪い病気だとは云いたくなくて、診断が付いていても患者さんには事実を告知しない医師も中にはいます。患者さんの方は診断が付かないので不安になり、勝手に別の医療機関へ診察を受けに行くということになります。そのようなドクターショッピングにならないように神経内科専門医がきちんと対応すべく、日本神経学会でALSに関する治療ガイドラインを作成し、診療の指針が提示されています。治療ガイドラインはインターネットで皆さんも見ることが出来ます。

図21:ALSの鑑別診断

ところで、きちんと診断され、説明を受けたからといって「はい、そうですか。」と簡単に受け入れることができる訳でもありません。病状もすぐには進行せず、何ヶ月や何年もかかって少しずつ進行するわけです。神経難病の診断を患者さんに説明することは、医師の方もたいへん難しいですし、ましてや患者さんの方も、それを受け入れることは非常に困難であると思います。そこで、通院を繰り返しながら、その折々にコミュニケーションを取り、医者と患者さんの間で信頼関係ができていきます。ある程度病状が進行し、患者さんもある程度病気のことが判って来た時点で説明すると、患者さんの理解も得られやすいと思います。そういう状況、つまり、医師と患者の信頼関係が生まれない場合は困ったことです。患者さんは1回の説明を受けただけで理解できることではないので、年月をかけて信頼関係を構築していくことが重要です(図22)。

図22:ALSの診断と理解

ALSの治療(図23)

図23:ALSの治療

患者さんは、何か根本的な治療法が開発されないかと待っていると思うのですが、現在、リルテックという薬が(根本的治療薬ではないですが)ALSの治療薬として認可されています。この薬は偽薬に比べて、生存期間を少し延長する効果があります。すなわち、延命効果があることが証明されています。現在使用可能な全世界で唯一のALSの治療薬です。これを服用すると必ず長生きできるという訳ではないのですが、たくさんの人で服用した人と服用しなかった人を比較したところ、統計学的に服用した人が長く生存したという薬です。したがって、一人ひとりに対してどの程度効果があるかを明確に予測することは困難です。また、日本では現在、エダラボンやメチルコバラミンを用いて神経細胞の変性を抑制して病気の進行を止めることができるかどうかを判断するための臨床治験が行われています。

ALSの患者さんに対する対症療法として、不安が強い人には抗不安薬とか、足が突っ張る人には鎮痙薬を使うことがあります。ただし、むやみに使用してはダメです。力が弱っている人に鎮痙薬を使うと、ますます力が弱くなってしまいます。その人の病状に合わせて使わなければいけないので、対症療法にも注意が必要です。何でもかんでも使えば良いものではありません。抗不安薬にしても、呼吸抑制がある患者さんには問題があります。薬を使うときには、患者さんの病態を本当に理解して使用する必要があります。痛みがあるときには鎮痛薬を使いますが、鎮痛薬には胃に負担がかかる副作用があります。胃潰瘍になっては困ります。したがって、対症療法の薬剤は、メリットとデメリットを良く考えながら使う必要がある訳です。

リハビリテーションは効果があるか?(図24)

図24:ALSのリハビリテーション

 筋肉を使わなければ廃用性萎縮になり筋肉は痩せていきます。感冒などで数日寝ていると、風邪が治った後で筋力が低下していることを自覚するという経験が誰でもあります。健康な人でも筋肉を動かさないと脱力が発現し、関節を動かさないと関節は固まってきます。廃用性萎縮は、ALSなどの病気の人ばかりではなく、一般の人全てに言える生理的現象です。したがって、ALSの人も、筋肉をある程度は動かす必要があります。ただし、前述しましたが、一般の人と違って、過度のリハビリは却って悪影響です。額に汗をかくほど、過度の運動を行ってはいけない訳で、目一杯やってしまうと却って筋肉が疲弊してしまいます。CPKといって筋肉が崩壊すると血液中に出てくる酵素があります。筋肉の病気や筋炎などでは、血液中のCPKが高値になります。したがって、採血でCPKの値を確認して、筋肉に異常があることが判ります。ALSの方でも稀にCPKが高い人がいます。よく聞いてみると、筋肉の力が弱くなり始めたことを自覚し、頑張って一生懸命リハビリをしてしまうようです。そのために筋肉に過度の負担がかかり、筋肉が崩壊します。廃用性萎縮を予防する程度ではなくて、筋肉が崩壊するほど頑張ってしまったわけです。ですから、やり過ぎはいけない訳です。ただし、実際には力加減は難しいです。基本的には日常生活動作を繰り返し行えばリハビリとして十分であり、いわゆる鍛えるという意味のリハビリはしない方がよいと思います。疲れない程度の運動をして下さい。

食事・栄養について(図25)

 ALSの患者さんは飲み込むことに支障(つまり嚥下障害)が起きてきますので、栄養不足になる原因になります。腕の力がなくなってきますので、自分で食事を口へ運ぶこともできなくなります。歩行障害が出てくるとトイレへ行くのが面倒になるので、意識的に水分を減らしてしまうこともあるようです。ところが、そうすると栄養不足と脱水になり、却って筋力低下や疲れが出やすくなります。そして、疲れて、さらに食べにくいという具合に、悪循環になります。ますます痩せていってしまいます。十分な栄養と水分と休養、これらが基本的に必要です。

図25:ALSの食事と栄養

 それでも、やはり嚥下障害は進行しますので、誤嚥を防ぐ工夫は必要です。嚥下障害の症状がさらに進んでくると、胃瘻について説明します。胃瘻を作成して栄養を摂るわけですが、一旦、胃瘻を作ってしまうと、口から食べられなくなってしまうという不安感を持つ人がいます。そうではなくて、胃瘻から充分な栄養を摂ることで、元気を回復し、嚥下障害も改善することがあります。そうすれば、再び口から食べで、食物を味わうことができるようになります。十分な栄養をとって元気を回復するために胃瘻を作るのだと理解して下さい。

食事の仕方(図26)

 ケアをする人に理解して頂きたいことですが、通常、寝た状態では食べることは難しいです。顎を引いて、少し上体を起こした方が、誤嚥を防ぐことができます。気管は前に食道は後ろにあるので、完全に起きて前かがみになるより、少しだけ仰向けの方が食べたものが喉の後壁を辿って下がっていき、自然に食道の方へ入っていきます。前かがみになっていると気管の方へ入ってしまう可能性があります。完全に寝ていてはダメですが、少し仰向けの状態の方が、むせ(誤嚥)が少ないのはそういう理屈です。

図26:食事の仕方(1)

 患者さん自身も嚥下反射を起こすために、物を飲み込む時には意識をはっきりと集中していなければいけません。ボーッと半分寝ているような状態ではダメで、さあ食べるぞ!と気合を入れて臨んだ方がいいですね。一度に口に入れる量は少なめにして回数を増やす、固形物と水分を交互に入れるようにして、むせを防ぐことが肝要です。

 食べ物に関しても、飲み込みやすいものを選んでください(図27)。さらさらした水分は飲みにくいです。とろみのある方がいい訳です。熱いものもダメなので、少し冷ましてください。とろみを付けることが難しい場合は、とろみをつける食材も売っていますので、利用して下さい。

図27:食事の仕方(2)

呼吸不全への対応(図28)

図28:呼吸不全に対する対応

 呼吸不全が予後に影響する大きな問題です。鼻マスクとか、それを夜間だけ装着するとか、呼吸補助には、いろいろな工夫があります。その人の状態に合わせて必要な呼吸補助を利用することが重要です。気管切開をして人口呼吸器を付けてしまうと言葉を介するコミュニケーションができなくなりますが、いろいろな機器がありますので、工夫してコミュニケーションは取れます。補助呼吸装置はどんどん進歩していますので、病状に合わせて、その都度、適切な装置を利用して対応していくことが大切です。JALSAの橋本会長も人工呼吸器を付けて全世界を廻っています。

 

コミュニケーションへの対応(図29)

 QOLということを考えると、コミュニケーションは特に大切です。目でしようと思えば結構できます。細かい内容表現は無理でも、イエス・ノーとかの返事は目だけでできます。現在一番、便利な装置はパソコンです。パソコンを使うことに慣れる、練習することは、自分のコミュニケーション能力を伸ばすという意味で非常に有効です。お年寄りが突然パソコンをやろうと思っても、かなり大変です。しかし、習うより慣れろで、そんなに難しいものではありません。慣れることが一番大切です。慣れるためには早くからやっておくことがポイントです。手足が動きにくくなってから取り組んでも、上達はなかなか困難です。ALSと診断されたら病初期の頃からでも将来のことを考えてパソコンに慣れておくのは良いことだと思います。これは家族の方にもいえます。患者さんのために、家族の方も慣れておけば、さらに良いと思います。

図29:コミュニケーションのための対応

まとめ(図30)

図30:ALSの症状と介護

 ALSは運動神経の変性疾患ですが、現実的には筋肉の病気です。筋肉を動かすことができなくなるという病気です。その中で、病状に合った治療や補助を行うということが基本になります。神経内科医だけでなく、看護師、理学療法士などが直接関わりますが、他にも呼吸器や栄養の補助などに関連する職種の方々など、実際に患者さんを取り巻く関係者はたくさんいます(図31)。在宅ケアとなると、福祉関連の制度やネットワーク(図32)も重要になってきます。患者会の存在も、より良い情報を分かち合うために必要なことです。

図31:ALSに対する多角的チーム医療

このように我々医師が医療サイドから「難病」だとか「大変」だとか説明することで、患者さんが暗い気持ちになってしまうと困ります。私が強調したいことは「前向きに考えてください」ということです。皆さんのように、ALS協会に入って活動している方は前向きな気持ちを持っていらっしゃる人だと思います。大変とは思うのですが、できるだけ自立した生活を送っていただきたい。そのためには病気のことを良く理解することに尽きると思います(図33)。ここで、一番申し上げたいことはそのことです。

図32:ALS診療のネットワーク

図33:病気と上手につき合うために

最後に

 私は滑川市の出身ですが、滑川市の市民運動公園に伯父(高島高)の詩碑があります。詩碑に彫ってある詩を最後に紹介します。

 「力」という私の好きな詩です。

         肉体をつらぬく(ほのお)がある

         この(ほのお)をこめて燃え上がった

         生命(いのち)があるというのだ


         ぶつかれ


 人生を力強く生きていくこと、頑張って前向きに生きていくことが大切と思います。